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バルセロナオリンピックのマラソンで銀メダルをとった有森裕子さんが、次のアトランタオリンピックでもみごと銅メダルを獲得し、記者の質問に答えて、「私を褒めたいと思います」といった話は有名だ。私も、「有森さん、よくやったわ、すごいなあ」と感激し、この言葉の奥にあるそれまでの彼女の努力や強い精神力を思いやった。しかし、この話の後、「私を褒めたい」は何故か、大変軟弱な表現の「私を褒めてあげたい」に形を変えて広く使われるようになったのである。
毎日頑張って職場に通う私を褒めてあげたい・・・・。ダイエットして3キロ痩せた私を褒めてあげたい・・・・。海外旅行のツアーにひとりで参加した私を褒めてあげたい・・・・。人が褒めてくれないからかわりに自分で自分を褒めるのはわかるにしても、その内容があまりにもイージーではないか。そんな程度で自分を褒めていたら、低いレベルで自己満足してしまうのでは?
これと正反対の傾向で気になるのは、とにかく頑張る、頑張らなければと自分を叱咤激励することだ。体調もよく、いろいろうまく回っているときに頑張るのならいい。上昇気流に乗っているときは、誰でも頑張れるものだ。けれども、何かにつまずき、うまくいかず、疲れきって消耗しているときにさえ、頑張らなくては、と言い聞かせる人もいるのだ。苦しいときにこそ真価が問われる、頑張れない自分はダメだ、と自分を追い詰めていく。そして、精神的にまいってしまう。そんなときは、頑張ってもうまくいかない。少し休んで、上手に発散して、いつかうまくいくようになるわとゆったり構えることだ。そうすればまた、頑張れる態勢が整うと思う。
今は、他人が評価してくれたり心配してくれたりする時代ではないのかもしれない。下手に人のことに関わらないほうがいいし、何か言って人を傷つけては、と気を回してしまう。だから、自分で自分を褒めたり、叱咤激励したり、本当に大変だ。自分が演じ、その演技を評価までするわけだからね。その時ついつい自分なりの生き方のくせがでてしまう。自分に甘い人は甘く、自分に厳しい人は厳しく、と。だからたまには、自分が自分を評価する目はちゃんとしているかな、と少し引いてみるのもいいのかもしれない。
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エッセイスト、政治コラムニスト。1953年生まれ。慶応義塾大学卒業後、女性誌編集部を経て渡米。NY大学行政大学院修士課程修了。近著は『30代は女のベストシーズン!』(扶桑社)、『「だれかいい人いない?」といっているあなたへ』(講談社)など多数。 |
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